第62回関西社会学会大会奨励賞決定
第62回関西社会学会大会奨励賞決定について
大会奨励賞選考委員会委員長 三上 剛史
本学会が大会奨励賞を授与するのは,今年で6回目となりました。本賞は,学会大会において発表された若手会員の一般報告の中から優秀な報告に学会賞を授与するものです。
甲南女子大学で5月28日,29日に開催された第62回大会の奨励賞選考につきましては,本賞の対象となる48点の一般報告を選考委員会で厳正かつ慎重に審議した結果,下記の2点の報告が「関西社会学会大会奨励賞」に選ばれました。
2名の報告者にはおのおの賞状ならびに2万円の賞金が授与されました。受賞者氏名,報告題目,報告要旨は下記のとおりです。本賞の選考等にあたり,司会者をはじめ選考委員ならびに会員の方々には多大なご協力を賜りました。ここに厚くお礼を申し上げますとともに,本賞を契機として若手会員の研究の進展と大会報告の活性化,ひいては社会学のいっそうの発展が可能になればと期待しております。
受賞者氏名(50音順)
- 安達智史 氏(日本学術振興会) 報告題目:多文化主義をめぐる論争──再帰性・アイデンティティ・文化──
- 藤原 翔 氏(大阪大学) 報告題目:きょうだい構成と地位達成──マルチレベルモデルによる出生順位効果の分析──
報告要旨
安達氏の報告は,多文化主義をめぐる論争における論点の一つである,アイデンティティと文化との関係について,「再帰性」という観点から検討しようとするものであった。Ch.テイラー,A.ギデンズなどを比較対照し,多文化主義は,アイデンティティの「一つの」源泉として文化を擁護すべきであるが,「それは個人の自律性を評価・伸張するためのものでなければならない」とする結論を導き出している。
藤原氏の報告は,個人の地位達成に影響するものとして,家庭内の異質性である出生順位に注目し,「職業とパーソナリティ」調査(東京大学)などの「きょうだいデータ」を用いて,マルチレベル分析によって,その影響を分析しようとしたものである。結論として,年齢コーホートごとに,出生順位ときょうだい数の効果が,教育達成と職業達成に対してどのように影響しているかが明らかにされている。
選考概要
選考にあたっては,司会者から寄せられた「選考評価用紙」における評価を重視し,当日レジュメ,報告要旨集なども参照したうえで,奨励賞選考委員会において慎重に検討し,上記2点を大会奨励賞受賞報告とすることに決定しました。
選考委員会は次の5名の理事によって構成されています。大野道邦(会長),三上剛史(選考委員長),芦田徹郎(選考委員),神原文子(研究活動委員長),牟田和恵(学会誌編集委員長)。
なお,来年度に報告される若手会員の目安としていただくために,選考の基準・方法についてお知らせしておきます。
選考は,司会者が記入する選考評価用紙に基づいて行われます。司会者には,「学問的レベル」,「プレゼンテーション能力」,「応答能力」,「当日報告レジュメ」などを総合的に判断した評価をお願いしています。各部会において,奨励賞受賞候補として推薦できる報告があった場合には,各部会から1点のみ推薦していただき,その評価をお願いしています。司会者による選考評価用紙の評価を重視しながら,人数の絞り込みや,評価の妥当性について選考委員会で判断し,概ね5名以内の受賞者を決定します。
関西社会学会大会奨励賞の規定が改正されました。
会員の皆さま
関西社会学会事務局です。
平成22年10月16日の理事会で、関西社会学会大会奨励賞の規定が改正されましたので、お知らせします。
変更後の内容は、関西社会学会大会奨励賞規程より、ご確認ください。
第61回関西社会学会大会奨励賞
2010年6月
関西社会学会大会奨励賞決定について
奨励賞選考委員会
委員長 谷 富夫
本学会が大会奨励賞を授与するのは、今年で5回目となりました。本賞は、学会大会において発表された若手会員の一般報告のなかから優秀な報告に学会賞を授与するものです。
名古屋市立大学で5月29日、30日に開催された第61回大会の奨励賞選考につきましては、本賞の対象となる60点の一般報告を選考委員会で厳正かつ慎重に審議した結果、下記の3点の報告が「関西社会学会大会奨励賞」候補に選ばれ、理事会にて最終決定いたしました。
3名の報告者にはおのおの賞状ならびに賞金が授与されました。報告者氏名、報告題目、報告要旨は下記のとおりです。本賞の選考等にあたり、選考委員をはじめ司会者ならびに会員の方々には多大なご協力をたまわりました。ここに厚くお礼を申し上げますとともに、本賞を契機として若手会員の研究の進展と大会報告の活性化、ひいては社会学のいっそうの発展が可能になればと期待しております。
「第61回関西社会学会大会奨励賞」受賞報告
(受賞者名50音順)
家族による「介護」の構築
──認知症/家族介護研究への構築主義アプローチの適用──木下 衆 (京都大学)
報告要旨
2000年の介護保険導入以降、高齢者介護の現場は、「革命」的な変化に晒されてきたと評価される(上野 2005)。その制度的/理念的な変化のもと、家族介護がどのように営まれているのか、分析も進んでいる(天田 2007、井口 2007、大和 2008)。
本報告が焦点をあてるのは、その激変期に、そもそも家族は「介護」をどのように定義し、経験しているのか、という点である。制度的/理念的変化のもと、家族に要求される「介護」のあり方も不断に変化している。では家族は、その変化にどのように適応し、トラブルを抱えうるのか?——今回はこの点を報告したい。
この問題設定は、「エンピリカルな構築主義」(中河 2005)を踏襲している。つまり家族介護者間で経験の共有が試みられる際、どのような方法と根拠が用いられ、そこでどのような「介護」像が生まれるのか、How と Whatの問いを立てている。
データは、大阪府下で活動する介護者家族の会7ヶ所での参与観察(2008年7月から09年12月まで、計43回)、およびメンバー8名(男女各4名)へのインタビュー記録を用いる。家族会のようなセルフヘルプ・グループでは、自分たちの共有する体験(この場合「介護」)とは何かという問題は、常に存在する問いとされ(安藤 2003)、本報告の問題意識とも合致する。
本報告が第一に指摘したいのは、家族会メンバーにとって、自分が「介護をしている」ということは、単に自分が「要介護者と家族であるから」といって自明に想定されることではなく、また「介護をしている」空間が「家庭内」であるとも限らない、という点である。ここでは、彼らが「自分たちしか知らない介護の知識がある」という「特権的知識のクレイム」(Gubrium & Holstein 1990=1997)を申し立てる過程を分析する。そこでは、「自分以外の家族」もしくは(医療、福祉の)「第一線職員」と自らを比較するという比較の戦略が観察できた。またその場合「自分は誰よりも長時間、要介護者と一緒にいるからそういえるのだ」という「時間」、もしくは、「誰よりも相手を観察しているからわかる」という「観察」の、2種類のリソースが用いられうる。メンバーは「介護」経験を、そのような具体的方法論に則って証明する。
第二に指摘したいのは、家族会メンバーが「介護」経験を共有する過程で、問題となる活動が「要介護者の状態を判断する」活動へ、しばしば絞られていくという点である。これは認知症という、高齢期に多い病の特徴と一致する。この報告では、「相手の状態がおかしく、それ故に自分が介護する必要がある」というそもそもの前提を共有することが、メンバー間で問題になることを指摘したい。
社会支出と公教育支出の規定要因分析
──伝統宗教経路と高度成長経路の検証──柴田 悠 (日本学術振興会)
報告要旨
宮本太郎『生活保障』(2009)は、欧米と比べた日本の公的支出の特徴を「長期雇用のための公共事業支出と年金支出とに偏っており、医療以外のサービス給付や現役世代向けの現金給付、教育支出が少ない」(α)と総括している。その上で「現役世代向けの支出によって、職業訓練や生涯教育、給付付き税額控除、持続可能な産業創出、ワークライフバランスなどを連動させるアクティベーション」の理念を、納税者が合意し、増税によって実現すべきだ(β)、との政策提言をしている。
しかしαに対しては、「日本はどの国よりも高齢者が多く子どもが少ないので、高齢者向けの支出が多く教育支出が少ないのは当然だ」「日本は失業率が低いので、現役世代向けの支出は低くて当然だ」「北欧は人口が少ないから連帯しやすく公的支出を高めやすい」などの反論が可能である。よってそれらの反論に応じるには、人口構造や失業率、人口規模などの変数と公的支出との関係を、回帰分析によって確認する必要がある。そこで本報告は、同分析によってαを補い、βの提言を再検討することを目的とする。
公的支出の回帰分析はAaron(1967)からCastles(2009)まで長い蓄積がある。しかしこれらの先行研究では、(1)東アジア諸国のデータが多くても4ヶ国しか含まれていない、(2)伝統宗教や高度経済成長といった歴史的経路への依存性が考慮されていない、という不足点があった。(1)については、日本の特徴を理解するには他の東アジア諸国との十全な比較が欠かせない。(2)については、「16世紀のルター派の教義が救貧制度の世俗化を早めた」との仮説(Kahl 2005, 2009)や、「経済成長を最優先した場合、社会政策の発達が遅れる」との仮説(Chang 1999, 2009)が、近年提示されており考慮に値する。
よって本報告では、(1)(2)の不足点を補った分析を試みるべく、欧米20ヶ国と東アジア10ヶ国のパネルデータ(1990~2007年)を、混合効果モデルによって分析した。その結果、教育支出に対しては経済水準、失業率、高度成長経路の効果が、社会支出に対してはそれらに加えて伝統宗教経路の効果が、上の2つの仮説通りに認められた。
この結果を解釈すれば、日本では、1990年代から始まった今の低成長期こそ、社会政策が高度成長経路の負の効果から徐々に解放され、世論が社会政策に本格的な関心を向ける好機となると予測できる。
また、救貧制度は、宗教を基礎として制度化されたため、宗教経路に依存するが、公教育制度は、脱宗教化された国民主義を基礎として制度化されたため、宗教経路に依存しにくいと考えられる。よって、宗教経路に依存する社会支出を、宗教経路の異なる北欧諸国のレベルにまで高めるよりも、まずは、宗教経路に依存しにくい公教育支出を、諸条件の近い欧米諸国のレベルにまで高めるほうが、世論形成が容易だろうと予測できる。
相互行為秩序における可視性をめぐる知見の使い勝手
――性同一性障害をめぐる現象の分析から――鶴田幸恵 (奈良女子大学)
報告要旨
ゴフマンは、社会的世界を「一瞥の世界(the glimpsed world)」だと捉えている。「一瞥の世界」とは、私たちの相互行為がカテゴリー的に表出/読解されるかたちで、切りつめられていることを意味している。つまり、ゴフマンは、私たちの身体が伝える情報を可視性(visibility)という点から捉えている。
この観点から考えれば、「性別がわかる」ということは、様々な行為や光景を理解するときに、主題化されないままに情報をやりとりすることで成立しているような知識、すなわち通常の相互行為に対する「地」として働きながら、しかしその都度維持されなくてはならない、もう一つの相互行為秩序であると考えることができる。このことを、性同一性障害である人が「見る-見られる」という相互行為について語っているデータを足がかりに考察した。
これまでの性別カテゴリーの研究については、その都度の相互行為との関連性に即して研究が行なわれるべきだと言われたり、場面とは関係なく人は常に女か男だと主張されたりし、論争が行なわれてきた。しかし。そのどちらも、「性別がわかる」という秩序の、独特の側面に上手く照準できていない。
この問題を解決する鍵となるのは、ゴフマンが「焦点の定まらない相互行為」と呼んだ相互行為について考えることである。それを、ゴフマン自身も示唆しているように、「焦点の定まった相互行為」と並行して進行しているもうひとつの相互行為秩序だと解釈するなら、他者が「ふつうの外見(normal appearance)」をしている人であることを確認する相互行為を、私たちが「焦点の定まらない相互行為」の水準で行なっていると考えることができる。そして、人が女か男であることが、「ふつうの外見」の要素であることは、データから確認していくことができる。「性別がわかる」という相互行為秩序は、それが成立していなくては、そもそもその都度の相互行為に入っていけないような背景的な秩序なのである。
したがって、性別カテゴリーの可視性は、「焦点の定まった相互行為」とは、また別の相互行為秩序の水準の問題だということになる。「性別がわかる」というのは、わかっていなくては他の水準の相互行為が滞るような、そういう水準の相互行為秩序であり、「焦点の定まっていない相互行為」という考えは、その秩序に照準することを可能にしてくれる。
参考文献:鶴田幸恵,2009『性同一性障害のエスノグラフィ――性現象の社会学』ハーベスト社.
選考委員はつぎの19名です
谷 富夫 田中 滋 蘭 由岐子 今津孝次郎 片桐雅隆 澤田善太郎 中河伸俊
中野秀一郎 細辻恵子 大束貢生 栗岡幹英 小林久高 竹内 洋 鳥越皓之
野々山久也 三上剛史 山田富秋 山中速人 好井裕明
