第58回関西社会学会大会優秀報告賞

2007年7月

関西社会学会大会優秀報告賞決定について

優秀報告賞選考委員会

委員長  大野 道邦

本学会は、昨年度より、学会大会において発表された若手会員の一般報告のなかで優秀な報告に対して「関西社会学会大会優秀報告賞」を授与することになりました。

同志社大学で5月26日、27日に開催されました第58回大会の優秀報告賞選考につきましては、16点の報告が部会司会者より評価推薦され選考委員会において厳正かつ慎重に審議の結果、下記の5点の報告が「関西社会学会大会優秀報告賞」候補として選ばれ理事会において最終決定いたしました。

5名の報告者にはおのおの賞状ならびに賞金が授与されました。報告者氏名、報告題目、報告要旨は下記のとおりです。

本賞の選考等に関しましては、司会者のかたをはじめとして会員のかたがたのご協力に御礼申し上げますとともに、本賞を契機として、若手会員の研究の進展と大会報告の活性化、ひいては社会学のいっそうの発展が可能になればと期待しております。

「第58回関西社会学会大会優秀報告賞」受賞報告

樋口 耕一(大阪大学大学院人間科学研究科助教)

現代の新聞と人々の意識

──全国紙の内容分析は社会調査の一環たりうるか──

報告要旨

 マス・メディアの報道内容は、例えばアジェンダ・セッティングのように限定された形ではあっても、確かに、我々の意識に影響を及ぼしている。もちろんマス・メディアの側でも、常識や社会通念を踏まえて、多くの人々に求められるような内容を報道すべく努力しているので、マス・メディアの報道内容と人々の意識とは互いに影響を及ぼしあっていると言えよう。よって両者の間には共通項ないし類似性が少なからず生じるはずである。本報告では、現代の新聞についてもこのことがあてはまっているのかどうか、そしてどの程度あてはまっているのかという点の実証的な確認・検討を目指す。

 というのも、現在では新聞記事のデータベース化が進んだことでその利用が容易になり、新聞記事の内容分析に基づく研究が見られるようになってきている。だが、もしも新聞の報道内容と人々の意識との間の関連が弱まっているならば、分析を行う意義も減衰しよう。テレビやインターネットが普及し活発に利用されている現在、人々の意識を探るための調査法として、全国紙の内容分析を行うという方法はどの程度の有効性を保持しているのだろうか。

 この点を明らかにするために、「情報化社会に関する全国調査(JIS2004)」において、インターネットや情報技術について考える時に、どんなことが思い浮かぶかをたずねた自由回答型の設問に注目した。この自由回答から人々の意識を探るとともに、新聞の報道内容との比較を行った。比較対象としたのは、朝日・毎日・読売の3紙に掲載された、インターネットや情報技術についての記事である。なおここでの分析・比較には、計量的な内容分析の手法である「計量テキスト分析」を用いた。

 その結果、自由回答に含まれていた「仕事」「買い物」「便利さ」といった種々の主題について、新聞で頻繁に報道されていた主題ほど、多くの人々によって想起・記入される傾向が見出された。ただし一部に、新聞で頻繁に報道されても人々の意識に上ってこない主題として「政治」「経済」「教育」などが存在した。経済面・政治面といった紙面構成ゆえに常に頻繁に報道されているような主題は、インターネットに関連する主題と認識されなかったのであろう。以上の分析結果から、新聞紙上で報道される一部の主題については必ずしも人々の意識との関連が強くはなく、それらに対しては十分に注意する必要があるものの、一定程度以上、現代でも新聞の内容分析を行うことで人々の意識を探りうると言えよう。すなわち、「インターネット」のような特定の事柄を、人々が他のどんな主題と結びつけて考えているのか、意味づけているのかを探りうると言えよう。

植田今日子(筑波大学大学院 博士課程 人文社会科学研究科社会科学専攻)

過疎集落における民俗舞踊の「保存」をめぐる一考察

――熊本県五木村梶原集落の「太鼓踊り」の事例から――

報告要旨

 本研究の目的は、過疎集落における民俗舞踊の伝承の考察をとおして、文化財の保存対象となるような慣習や芸能が、集落社会のものでありつづけるための条件とはどのようなものかを明らかにすることである。

 現代は「生活技術や伝統芸能、さらには自然物や景観、災害の痕跡や地域の記憶にいたるまで、あらゆるものが文化遺産となりうる」、「保存する時代」(荻野 2002:ii)といえるが、そもそも「文化財」と呼びながらそれらを「保存する」ということは、どのような行為なのだろうか。とくに本研究がとりあげる無形民俗文化財の対象となるような風俗慣習や民俗芸能の場合、それらは元来ある社会における日常生活の一部であった。けれどもいったんそれらが「保存」されることになると、むしろ地元の人びとの日常生活から切り離されたものとなってしまう問題がこれまで指摘されてきた(足立 2004;荻野 2002)。本研究がとりあげる民俗舞踊に即していえば、日常生活の一部であったはずの踊りは「維持」すればするほどよい、とする素朴な継続至上主義が貫かれることになり、積極的に踊りを人びとの前で「公開」することが期待されるようになる。この「維持」と「公開」を奨励する文化財のイデオロギーを本研究では「保存のイデオロギー」と呼んでおく。

 しかしながら本研究が事例とするのは、過疎化のために伝承が困難となった民俗舞踊を、あえて「保存」しないという選択を行った集落である。この集落は、近隣の人びとから小学校区単位での踊りの継承が提案されたにもかかわらず、それを拒否するという選択をおこなった。なぜ集落の人びとは踊りをできるだけ長く残すことを選ばなかったのだろうか。集落の過疎化を契機に「維持」と「公開」を強いる「保存のイデオロギー」とは相容れない、梶原の人びとにとっての踊りの継承条件が顕在化する。

  梶原の「太鼓踊り」は昔から「公役(くえき)」といわれ、家から最低一人の踊り手を出すことは梶原に住む者の勤めと捉えられてきた。なぜなら「太鼓踊り」はこれまで集落の平穏無事を願ってきた先祖への「返礼行為」であり、初盆の度に行われる家間の「慰めの交換行為」だったからである。梶原集落の「太鼓踊り」はこの「ムラ勤め」としての踊りが遂行される限りにおいて積極的に文化財として「維持」され時折集落外部でも「公開」されてきた。しかしながら過疎化によって家から最低一人の踊り手をだすということが果たせなくなると、踊りは梶原の人びとの手によって終わらせなければならないものとなった。それは梶原の踊りが集落の死者である先祖との関係、初盆を迎えた家とそれを慰める他の家々との関係といった、盆の度に顕在化する集落の秩序維持でもあったからである。この秩序維持という側面が「保存」という行為によって侵害されてしまうとき、踊りは集落社会の人びとの手を離れていってしまうのではないだろうか。

文献 荻野昌弘編『文化遺産の社会学』2002 新曜社;足立重和「ノスタルジーを通じた伝統文化の継承」『環境社会学研究 第10号』2004

宮田 尚子(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程)

職場への帰属意識と相談ネットワーク

――組織適応期における相談ネットワークの型と密度――

報告要旨

 働くことを通じて、個人は社会の一員としての自覚をもち、アイデンティティを形成する。その際、手本や一体感をもつ対象、すなわち価値のよりどころとして誰を選択するのかに本報告は注目した。具体的には、価値のよりどころとなる他者を相談相手として捉え、その相談ネットワークの型(タイプ)と密度が組織適応期の「職場への帰属意識」に与える影響を検討した。
 先行研究では、職場や組織の外よりも職場や組織の中に相談相手をもつ人の方が帰属意識は高いことが示されてきた。ところが、報告者が職場内外の両方にまたがる相談ネットワークを考慮して分析した結果、組織適応期にある人については職場内外の両方にまたがる相談ネットワーク(「複合型」)の場合に帰属意識が高い傾向にあった。
 それではなぜ組織適応期、すなわち職業移動後あるいは役割移行期間には、「複合型」の相談ネットワークをもつことが組織適応に効果的なのか。
 1つ想定されることは、「複合型」の相談ネットワークにおけるネットワーク密度の低さである。例えばB. I. Wilcox(1981) の研究では、離婚女性にとって、低い密度の以前からのサポート・ネットワークを維持することが、離婚という役割移行後の適応過程に重要な役割を果たすことが示された。また、社会移動者にとっては社会経済的な諸属性そのものではなく、移動者の選んだ交友関係が移動経験の意味づけをもたらす(P. M. Blau 1956) 。友人はそのような交友関係の1つといえる。友情はサポートと承認によって個人に社会的アイデンティティを付与し、フォーマルな地位役割の意義を個人に認識させる(G. Allan 1989=1993) 。個人の地位の変化は友情の変化をもたらし、そのことが個人のアイデンティティにも反映すると考えられる。
 以上から「組織適応期という個人にとって不安定な時期において、密度の低いネットワークを有することが、職場に対する適応的な態度に結びつく」という仮説が導かれる。これを適用すれば、「複合型」で帰属意識が高かったのはネットワーク密度の低さによるものと考えられる。だが、ネットワークの型と密度を入れ替えた重回帰モデルで分析した結果、密度に有意な効果はなく仮説は支持されなかった。
 それは、Wilcoxが役割喪失後の適応を研究対象としたのに対し、本報告で扱った対象が役割取得後の適応であったからかもしれない。しかし、多様な関係性のネットワークをもつことで、生活の変化に伴う社会関係の変化が緩和される可能性があることは双方に共通する。仮に社会移動や役割移行によって、ある特定の文脈の他者との関係が失われたとしても、他の文脈での社会関係が維持されれば、全体として社会関係は大きく変化せず相対的に安定した役割移行が促進されると思われる。つまり、役割移行の前と後のネットワークの連続性が組織適応に影響すると考えられる。


1 Wilcox, Brian, I., 1981,"Social Support in Adjusting to Marital Disruption: A Network Analysis" Gottlieb, Benjamin, H. ed, Social Networks and Social Support, Sage Publications Inc, 97-115.
2 Blau, Peter, M.,1956,"Social Mobility and Interpersonal Relations", American Sociological Review ,21(3): 290-5.
3 Allan, Graham, 1989, Friendship: Developing a Sociological Perspective, Harvester Wheatsheaf.(=仲村祥一・細辻恵子訳,1993,『友情の社会学』世界思想社.)

森田次朗(京都大学大学院文学研究科博士後期課程)

現代日本社会におけるフリースクール像再考

──京都市の事例Aをとおして──

報告要旨

1990年代以降日本社会では、個性尊重の思潮のもと教育の多様化が称揚されるなか、学校教育法上の指定対象ではない民間の教育施設としてのフリースクールが、「不登校」児童生徒支援の一役を担うものとして注目を集めている。

その一方で、社会学における従来の研究では、日本社会におけるフリースクールは、

「不登校」研究と教育社会学の研究領域のなかで周辺に位置づけられながら、肯定的か否定的かという二者択一の評価を受けることが多かった。

たとえば、肯定的な評価としては、フリースクールとは、既存の一元的な公教育制度がもつ閉鎖性を根本的に問い直し、複線的でより開放的な教育システムの構想を可能とするオルタナティブな教育機関として位置づけられている。これに対し、否定的な評価としては、フリースクールのような「不登校」児童生徒支援に特化した教育施設こそが、「不登校」カテゴリーを付与された個々の子どもに対し、学校制度よりもより直接的に社会統制を行うことのできる、新たな管理施設として批判的に考察されている。

ここで注目すべきは、外見上の違いにもかかわらず、これら先行研究が、1)学校施設とフリースクールとを完全に質的に異なるものだととらえる点、2)前提とするフリースクール像として、法人格(NPO法人、学校法人など)を取得し、学校制度や行政機関からある程度自律的に活動できるような大規模フリースクールを自明視する点で共通する、ということである。つまり、フリースクールを分析する際に、外部社会から自律的に活動できるフリースクールを議論の前提とするがゆえに、学校制度や行政機関とフリースクールとの関係が、オルタナティブなものか補完的なものかということが争点になるわけである。

しかしながら、こうした議論のなかで抜け落ちるのは、最初から進んで行政と連携する、小規模で法人格をももたないようなフリースクールの存在ではないだろうか。 

そこで本報告の目的は、京都市に所在するフリースクールにおける聞き取り調査と参与観察の結果にもとづき、これまで見落とされてきた、自らを積極的に学校制度の補完施設として意味づけるフリースクールの意義を再検討することで、従来のフリースクール像を再考することである。

 調査結果としては、1)学校制度との差異化よりも、フリースクールに通う生徒が、周囲のスタッフや生徒と共同して行なう活動をとおして、学校で出会うような同年齢あるいは同性の子ども(青年)と積極的に関われるように「成長」できる機会をいかにして保障するかということこそが志向されている、他方で、2)フリースクールのメンバー全員が学級のように一つの「生活共同体」として団結することは目的とされず、生徒個人があくまで一つのスキルとして「仲間」づくりをできるようになることが重視されている、という点が明らかになった。

今後、公教育制度の内/外の連続性に注目した研究が重要となると考えられる。

高智 富美(大阪市立大学・日本学術振興会)

マルチエスニック・コミュニティにおける民族関係とエスニシティ

──大阪府八尾市を事例として──

報告要旨

  近年、在日外国人人口が急増するなか、在日外国人の集住都市をはじめとして外国人施策が体系化されつつあり、地域社会における日本人住民と外国人住民との「共生」をめざした取り組みが積極的に展開されている。本報告では、こうした地域社会の変容の過程における日本人、オールドカマー、ニューカマーの三者の間における民族関係とエスニシティ形成について大阪府八尾市を事例として検証し、多民族共生に向けた課題を考察した。

八尾市には、戦前からオールドカマーである在日韓国・朝鮮人が多数在住し、1980年代以降、中国帰国者とその家族、およびベトナム難民とその家族を中心とするニューカマーの流入が増加している。同市では、1970年代に開始された民族教育運動を契機として外国人施策が徐々に整備され、「多文化共生都市構想」が市政に掲げられるようになるとともに、日本人住民と在日韓国・朝鮮人との間に共闘関係が築かれてきた。本報告では、こうした過程のなかで同市に流入してきたニューカマーたちに焦点を当て、彼/彼女たちを対象として実施した生活史調査と質問紙調査に基づき、以下のような知見を導き出した。

1)ニューカマーたちは日本語ができないことで生活のあらゆる局面において不自由を強いられ、日本人との関係構築も困難になっている。こうしたなか、エスニック・ネットワークに依存することによって日常生活におけるさまざまな課題に対処しようとする姿勢がうかがえる。しかしながら、エスニック・ネットワークへの過度の依存は、日本語を用いず、日本人との関係を取り結ぶことの必要のない生活を可能にし、セグリゲーションに発展する可能性をひめている。したがって、公的な日本語教育を保障し、日本語の壁を取り除き、日本人との関係構築を容易にするとともに、日本人に対しても異文化理解を促進していく必要がある。

2)1)のような状況にあるニューカマーたちは、オールドカマーとの連携を通じ、日本人との交流の機会を獲得するとともに、子どもの教育問題など、両者に共通する課題について共に取り組むことが可能となっている。さらに、ニューカマーの子どもたちにとっても、地域社会における「モデル・マイノリティ」であるオールドカマーの存在は、自らのエスニシティを肯定的に形成する上で重要な役割を果たしている。

3)ニューカマーの子どもたちは「家族内異文化間コミュニケーション・ギャップ」のもとでの社会化を強いられており、この結果、家族内での文化的同質性が欠如し、エスニシティを再生産する場としての家族の機能は弱体化している。こうした問題を解決するためには、母語教育の保障や、オールドカマーの運動によって確立した既存の民族教育の見直しにより、「義務」や「強制」としてではなく、子どもたちが主体的に自らのルーツについて学び、その関心を広げることのできる機会を提供していくことが必要である。

以上 5点

                                

選考委員はつぎの9名の理事です。

大野 道邦   宮本 孝二   神原 文子   三上 剛史   落合 恵美子

栗岡 幹英   桜井 厚    進藤 雄三    森下 伸也  

                                   以上   


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