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第60回関西社会学会大会奨励賞

2009年6月

関西社会学会大会奨励賞決定について

奨励賞選考委員会

委員長  谷 富夫

本学会は2006年度より、学会大会において発表された若手会員の一般報告のなかで優秀な報告に対して学会賞を授与しております。

京都大学で5月23日、24日に開催された第60回大会の奨励賞選考につきましては、本賞の対象となる61点の一般報告を選考委員会において厳正かつ慎重に審議した結果、下記の5点の報告が「関西社会学会大会奨励賞」候補として選ばれ、理事会において最終決定いたしました。

5名の報告者にはおのおの賞状ならびに賞金が授与されました。報告者氏名、報告題目、報告要旨は下記のとおりです。本賞の選考等にあたり、選考委員をはじめ司会者ならびに会員の方々には多大なご協力をたまわりました。ここに厚くお礼を申し上げますとともに、本賞を契機として若手会員の研究の進展と大会報告の活性化、ひいては社会学のいっそうの発展が可能になればと期待しております。

 

「第60回関西社会学会大会奨励賞」受賞報告

 (受賞者名50音順)

大山小夜(金城学院大学)

日本の多重債務運動と改正貸金業法 ――当事者と専門家の相互作用分析――

報告要旨

【問題設定】

生活上の問題を抱える当事者と、問題解決を支援する専門家は、当該の問題の個別的、社会的解決に向けてどう分業し連携しうるのか。また、両者による相互作用は、当事者や専門家だけでなく、取り巻く社会にどのような影響を及ぼしうるのか。これらの問いに答えるため、本報告は、複数の貸し手業者からの多額の借入で返済困難な、いわゆる「多重債務者」(当事者)と、彼らを法的、社会的に支援する弁護士や司法書士等(専門家)との相互作用を分析する。全国各地にある多重債務者自助組織(以下、被害者の会)の目標と活動は大きく2つある。一つは、来会した多重債務者を支援すること(個別的解決)、いま一つは、多重債務者を出さないために法改正等を求めること(社会的解決)である。本報告は、こうした2つの特徴をもつ彼らの活動が、日本の貸金業制度を抜本的に見直す「貸金業の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」(2006年)の成立過程に及ぼした影響を、聞き取りと観察に基づき考察した。

【個別的問題の解決に向けた当事者と専門家の相互作用】

多重債務者は、貸し手業者を友人と認識していることが多い。なぜならば、一般に、借金という事柄は、人に相談しづらく、手を差しのべてお金を貸してくれる貸し手業者は、とてもありがたい存在に映るからだ。しかし、そうした「友人関係」は擬装にすぎない。そして、こうした誤認が、問題をこじらせ、深刻化させる。このような誤った認識を改める上で重要な役割を果たすのが、問題解決の目途を得ている先輩当事者の経験と存在や、専門家がもつ知識と権威である。被害者の会において、先輩当事者は、来会した当事者に、問題を抱えているのは自分だけでないこと、問題が解決可能なことを、自らの体験と存在をもって伝える。専門家は、そうした当事者の問題を段取りよく解決に導く。先輩当事者と専門家によるこのような分業と連携は、問題解決に不可欠な冷静さと自尊心を当事者に与え、業者との友人関係が擬装だったことを気付かせる。

【社会的問題の解決に向けた当事者と専門家の相互作用】

こうした当事者と専門家による分業と連携は、社会問題としての多重債務問題の解決過程においても威力を発揮する。法改正に向けては、マスメディアや国会議員など、より多くの人の心を掴み、現行の法律の不備やその代替案について賛同を得ていく必要がある。彼らが行ったことは、当事者が顔と名前を出して体験を語り、専門家が体験談の背後にある問題の仕組みを説明し、法改正が不可欠であるという解釈図式を示すことであった。社会的非難を呼びうる「告発」は勇気が要る。当事者がこうしたことができたのも、いざとなれば自分たちを助けてくれるという専門家への信頼や、自らの体験談は、同じ境遇にある当事者ばかりでなく、より多くの人の心を動かすことができるという経験や確信を、日々の相談活動を通じて得ていたからである。

 

鹿野由行(甲南大学)

都市と性を語る視点への考察 ──大阪市北区堂山町を事例として──

報告要旨

今日、都市にはさまざまなセクシュアリティが混在している。異性愛者、ゲイやレズビアンなどの同性愛者、性同一性障害など、都市は性で溢れている。しかし、一般的に都市を語る上で「性」や「風俗」といったものは、キャバクラやクラブ、ファッションヘルスといった異性愛的な性風俗であることが前提とされている。これまで、ゲイタウンと商店街とはまったく異なる概念として捉えられており、研究の場においても異なる対象として分析されてきた。しかし、性的少数者(セクシュアル・マイノリティー)の人々が顕在化している今、性を一枚岩的に捉えるのではなく、より多角的に捉えることが必要なのではないか。

本報告で対象とする大阪市北区堂山町は日本で二番目に大きいゲイタウンと言われているが、ゲイバーの他にもキャバクラなど風俗店の集まる繁華街、民家、商店などが混在する空間である。「パークアベニュー堂山」「阪急東通商店街」「阪急東中通商店街」から構成されている堂山町の街のセクシュアリティを把握し分析と考察を行った。調査方法では、「堂山町の裏の顔」、「ゲイタウンのメインストリート」と言われている「パークアベニュー堂山」に焦点をあて、商店街のビル内の店舗を聞き込みとゲイ雑誌や住宅地図・タウンマップからの情報をもとにセクシュアリティごとの分類を行った。また、町の形成過程や町の持つ「性」に対しどのように感じているのかを自営業者などへインタビュー調査を行った。

調査の結果、堂山町にはゲイバーなどゲイというセクシュアリティに関連する店舗が局所的に集中しており、「ゲイタウン堂山」と呼ぶことは十分に可能である。しかしゲイという単一のセクシュアリティによってのみ構成されているわけではなく、異性愛者向けの店舗も約半数を占めていた。

歴史的側面からみると、もともと堂山町周辺は近代まで大阪という都市の周縁であり、悪場所性などをもった異界・盛り場の空間であった。堂山町が商業地区として発展し、ゲイ的な要素を持ち始めるのは戦後からであり、また当時ゲイはこの町においてもアンダーグラウンドな存在であった。そして、商業ビルの増加とともにテナント数が増え、異性愛者向けの店舗が増えるとともにゲイバーも増加し、今日のようなゲイタウンへと拡大していった。本報告では、堂山町の変化を時代背景や景観の変化などから、4つの時代に分けてそれぞれ分析を行っている。

また、インタビューから見えてきたことは、地域の人々は商店街/繁華街の拡大・発展とともに増加するゲイという要素を町の構成要素として受け入れていっていることである。ゲイバーなどと異性愛風俗店が混在しているという、堂山の持つ特殊な性こそが、堂山町を意味付ける場の力=イメージとなり、地域にとって自明のものとなっており、路地裏という穴場的な隠れ集う場が時代とともに繁華街へと発展したのである。

 

倉島 哲 (関西学院大学)

身体技法の「伝承」再考 ──マンチェスターの太極拳教室を事例に──

報告要旨

身体技法の伝承は、理念としては、指導者の技法が学習者のうちにそのまま再生産されることである。しかし、現実には、学習者が指導者とまったく同じ技法を身に付けることが認められる場合はそう多くないと考えられる。したがって、師弟間の技法の同一性は、原則的な前提としてではなく、起こりうる事態、ないし、当事者の主観的な見解と見なすだけの用心が必要だろう。

本報告では、イギリスはマンチェスターにおける2年余の太極拳教室の参与観察で収集したデータにもとづき、具体的にどのような要因が身体技法の伝承のありようを左右するかを検討したい。

C太極拳センターは、中国移民のL先生によって1995年に創設された陳式太極拳の教室であり、そこで行われている指導は、一見して中国の正統な太極拳をイギリスにおいて再生産しているかに見える。L先生が太極拳の発祥地である中国河南省の陳家溝で練習を積んだことや、現在も中国の宗家と密接なつながりを維持し、太極拳発祥の村である陳家溝の見学を含んだ中国ツアーも毎年組織していることなど、同一的な技法の再生産という図式を傍証する事例はたくさんある。

しかし他方で、L先生は「11式」という比較的短時間で手順を覚えることのできる型を創造し、Cセンターが開催するほとんどの教室でこれを指導している。したがって、理念ないし目標はさておき、実態ないし手段のレベルにおいては、Cセンターで指導されている太極拳は、中国で指導されているそれとは異なっているといえる。

こうした差異をもたらした社会的要因としては、第一に、太極拳を習うことに対する通念を挙げることができる。イギリスでは、「太極拳を習う」ことは一般的に、週に1回1時間程度練習することであるが、中国で「太極拳を習う」ことは、毎日2時間程度練習することである。また、イギリスでは太極拳は健康体操の一種と考えられており、そのため太極拳の練習を続けることは、練習時間の量的増大としてのみ捉えられることが多い。それに対し、中国では太極拳は武術の一種と考えられており、練習の積み重ねによる上達が目指される。

もちろん、中国においてこそ太極拳の真の伝承がなされると言いたいわけではない。報告では、イギリスにおける太極拳の伝承のありようを手がかりに、身体技法の伝承そのものについて原理的に考えたい。

 

菅原 祥 (京都大学)

社会主義体制と「現実」 ──ポーランド・ドキュメンタリー映画の検討から──

報告要旨

本報告では、1950年代のポーランド・ドキュメンタリー映画の分析を通じて、当時の社会主義ポーランドにおいて「現実」がどのようなものとして捉えられ、あるいは構築されていたのかについての試論を提供することを試みた。これまで、旧ソ連・東欧の社会主義圏のドキュメンタリー映画に関する学術的考察はほとんどなされたことがなく、あったとしても多くの場合それらの映画のイデオロギー的・プロパガンダ的側面が強調されがちであった。本報告は、1950年代後半のポーランドにおける、当時の暗い社会的現実を厳しく批判した「黒いシリーズ」と呼ばれる一連の映画に焦点を当てることで、こうした一面的見方を超えて、旧社会主義圏の文化・意識のなかで、視覚メディアというものにおいて現実がどのように捉えられていたのか、より広い視点から検討した。

戦後社会主義圏に入ったポーランドにおいて、1949-55年の、いわゆる「スターリニズム」の時代においては、ドキュメンタリー映画はもっぱら「社会主義建設」へと向かう当時のポーランド社会の輝かしい進歩を称揚するような、いわゆる「生産映画」と呼ばれるようなドキュメンタリー映画が主流であった。だが、1956年の「雪どけ」と前後して、ポーランドには、それまでなかったような、当時のポーランド社会の暗い現実を暴露・批判するような、一連のドキュメンタリー映画が登場する。「黒いシリーズ」と呼ばれたそれらの映画は、当時のポーランド社会でも大きな話題を呼んだ。

本報告は、この「雪どけ」前後の「生産映画」と「黒いシリーズ」との間の断絶に焦点を当てることで、そこで映画の表現技法の面において、観客あるいは映画制作者の意識の面において、そして何よりも、そこで描き出される「現実」のあり方において、どのような変容が見られるのかを概観した。そこで問題となるのは、単に「体制側による(事実を歪曲した)プロパガンダ映画」対「反体制側による真実の暴露」といった単純な対立関係ではない。むしろこれら二つの種類の映画の間に存在しているのは、社会主義のプロジェクトにおける未来志向のユートピア的想像力と、それに追いつけない「現在」の圧倒的なみすぼらしさからもたらされる幻滅の後に来る、ポスト・ユートピア的とでも呼べるような想像力の間の断絶である。本報告では結論として、当時の社会主義体制のユートピア的プロジェクトの中には、こうした二つの対立する想像力の間の対立・揺れ動きがすでに内在していたということ、そうした対立や揺れ動きの中に、当のユートピア的プロジェクトそのものを超え得るような可能性の契機が存在していたということを示唆した。

村上あかね  (東京大学

子どもの誕生による夫婦関係満足度の変化

報告要旨

子どもの誕生は、家族にとって嬉しい出来事だ。子どもの誕生によって親は新しい役割を取得し、つぎのライフステージへと移行する。しかし、ライフコース論や家族ストレス論によれば、子どもの誕生は夫婦関係を悪化させうる。結婚生活の経過に伴う夫婦関係満足度の低下は日米共通に観察されるが(VanLaningham et al. 2001;永井暁子 2005; 山口一男 2007)、とくに初めての子どもの誕生の影響は大きい(ベルスキー&ケリー 1994=1995; 山口一男2007)。夫婦関係満足度は、結婚生活の質を反映する。結婚生活の質は夫婦にとってのみならず、子どもの発達、ひいては社会にとっても重要だ。

本報告では、子どもの誕生が妻の夫婦関係満足度に及ぼす影響に焦点をあてるため、財団法人家計経済研究所が1993年から女性を対象に実施している「消費生活に関するパネル調査」15年間のデータを用いた。パネル調査は同一の対象に継続的に調査を行っているため、意識や実態の変化をより適切に測定できる特長を持つ。

先行研究で指摘されている子どもの誕生、結婚継続年数、社会経済的変数、サポートの有無などを説明変数とし、夫婦関係満足度を被説明変数としてパネルデータ分析を行った結果、先行研究と同様に子どもの誕生や結婚継続年数が負の効果を持つことを確認した。さらに、サポートの多寡によって子どもの誕生による夫婦関係満足度の低下が緩和されるかを新たに検証したが、有意ではなかった。そもそも、妻の多くが出産を機に退職し子どもの手が離れたら再就職するかたちで仕事と家庭の「調整」がなされている。そのために効果が現れなかった可能性を指摘できる。なお、サポートを適切な変数で表すことにつとめたが、この点は引き続き課題である。

そして、なぜ子どもの存在によって夫婦関係満足度が低下するか、出産前後の妻と夫の生活時間の変化を追うことで考察した。出産後は妻も夫も家事・育児時間は増加するが、妻のほうが夫よりも増加量が多い。また、妻のほうが夫よりも家事・育児時間が多い状態は長期に及ぶ。妻が再就職しても、妻が家事・育児の多くを担う構造はあまり変わらない。つまり、子どもの誕生とそれに伴う役割の変化と固定化が累積するため、妻の夫婦関係満足度が年々低下すると解釈できる。

より広い社会的背景としては、日本では依然として家族が福祉の中心的な担い手であり、家族、とくに妻に子育ての負担が集中しやすいために、子どもの誕生と妻の夫婦関係満足度との負の関係をもたらしているといえる。家族を取りまく経済環境も不安定であり、妻の出産退職・再就職による仕事と家庭の「調整」も難しくなりつつある。社会全体で子育てや雇用に関するリスクを分かち合い、家族を支える仕組みの再構築が求められている。

以上 5点

選考委員はつぎの16名です

田中 滋   片桐雅隆  蘭由岐子  野々山久也  山本剛郎   中野正大  澤田善太郎  中河伸俊

井上眞理子 好井裕明  細辻恵子  宮本孝二    小林久高   近藤敏夫  千葉芳夫    太郎丸博