第57回関西社会学会大会優秀報告賞

2006年6月

関西社会学会大会優秀報告賞決定について

優秀報告賞選考委員会

委員長  大野 道邦

本学会は、今年度より、学会大会において発表された若手会員の一般報告のなかで優秀な報告に対して「関西社会学会大会優秀報告賞」を授与することになりました。

金沢大学で開催されました第57回大会の優秀報告賞選考につきましては、11点の報告が部会司会者より評価推薦され選考委員会において厳正かつ慎重に審議の結果、下記の3点の報告が「関西社会学会大会優秀報告賞」候補として選ばれ理事会において最終決定いたしました。

3名の報告者にはおのおの賞状ならびに賞金が授与されました。報告者氏名、報告題目、報告要旨は下記のとおりです。

本賞の選考等に関しましては、司会者のかたをはじめとして会員のかたがたのご協力に御礼申し上げますとともに、本賞を契機として、若手会員の研究の進展と大会報告の活性化、ひいては社会学のいっそうの発展が可能になればと期待しております。

「第57回関西社会学会大会優秀報告賞」受賞報告一覧

内田 龍史(大阪市立大学大学院/部落解放・人権研究所)

子どもたちの進路展望――「大阪の子どもたち」調査から

報告要旨

近年、若年失業率の高さやフリーター・ニートの増加が「格差」をめぐる議論とともに社会問題となっている。フリーター問題や学校から職業への「移行」に関する研究からは、性別では女性が、階層的には学歴・家庭背景などが相対的に低い状況にある社会的に不利な立場に置かれている若者がフリーターになりやすいことが指摘されている。つまり、女性や家庭の出身階層が相対的に低位にある者が高位の学歴達成を妨げられ、労働市場において排除される結果、フリーターとして析出される不平等の再生産過程である。 

報告者らは、先行して行ったインタビュー調査(部落解放・人権研究所編,2005)から見出された生育家族の社会階層の相対的な低さ・ジェンダー意識の強さ・身のまわりのモデルなどのフリーター析出要因を数量的に確認するために、2004年度に大阪府内の高校3年生を対象とした質問紙調査を行った。その結果、生育家族の社会階層・ジェンダー意識・身のまわりのモデル・自尊感情などとフリーター選択との関連が確認された(部落解放・人権研究所編,2006)。 では、これらの要因は、いつから、どのような層に影響を与えてきたのだろうか。その手がかりとして、学歴達成展望・職業達成展望といった「自己選抜」と、フリーター選択との関連が見出された変数との関係について、大阪府内の小・中学生を対象とした調査をもとに分析結果の報告を行った。 

結果、1)子どもたちの学歴達成展望や職業達成展望は、小・中学生の段階から、性別・文化階層・学習理解度・自尊感情・身のまわりのモデル認識の違いによってそれぞれ異なっていた。 2)学歴達成展望においては、文化階層・学習理解度・自尊感情が高く、身のまわりにホワイトカラー層が多いと認識している層で「大学・大学院」を選択する傾向が見られた。 3)職業達成展望においても、文化階層・学習理解度・自尊感情が高く、身のまわりにホワイトカラー層が多いと認識している層で専門的な職業を、それらが低く、身のまわりにブルーカラー層が多いと認識している層で、ブルーカラーやサービス的な職業を選択する傾向が見られた。 4)身のまわりの達成モデルが少ないと認識している層は、職業達成展望に対し「決めていない」を選択する傾向が見られた。 高校3年生段階での進路分化に影響を与える要因は、小・中学生の段階においても子どもたちの進路達成展望と関連していることが確認された。生育家族の文化階層をはじめ、学習理解・自尊感情など不利な立場に置かれた子どもたちが、高位の学歴達成や、専門的な職業達成を展望できない結果となっているのである。

文献  部落解放・人権研究所編,2005『排除される若者たち──フリーターと不平等の再生産』解放出版社.────編,2006『フリーター選択の構造と過程──「高校生の生活と進路意識調査」報告書』

柴田 恵介(龍谷大学大学院社会学研究科)

東北タイの出自規則における娘中心相続再考

――1村落での定点観測を手がかりに――

報告要旨

タイ社会は西洋、日本とも異なる独自の家族・親族体系をもつ地域として知られている。タイの家族・親族は個人を基点とする関係の累積体として現れ、その範囲は流動的に変化する。それゆえ家族周期にみられる相続は集団の永続化という観点からではなく、その時々の状況、個人の選択に左右される余地が多い。本報告の目的は東北タイの1村落であるドンデーン村での40年間の定点観測をもとに、この地域における相続の実態と変容の考察を試みることにある(※1)。従来東北タイでは、息子を農地の相続から除外する娘中心の相続が一般的であるとされてきた。しかし本報告では、このような農地の相続における娘中心の慣行を東北タイにおける相続の一般的な形態としてではなく、これまで東北タイの置かれてきた状況に対する個別的な対応の1つとして捉え、その上で、近年ドンデーン村において娘中心相続に変化が見られることを明らかにする。この変化は東北タイの家族・親族の変容の萌芽ではないかと考える。

他の東北タイの村落同様、ドンデーン村は稲作の天水田経営を中心とする自給自足的村落として形成されてきた。ドンデーン村に貨幣経済が浸透し始めたのは1960年代以降であり、その後次第に、東北タイの中心都市の1つであるコンケン市に通勤する賃金労働者が増加し、現在では近郊農村としての性格が定着しつつある。また都市化の進展に伴い、収入、家屋、日用品などにおける生活水準の向上も著しい。しかし近年に至るまで生活の基本は農業にあり、農地の相続において中心的な立場にある娘が村内に留まる傾向が指摘されている。村内に留まった娘は結婚後しばらくの間、両親と同居、もしくは屋敷地共住集団で生活すると言われており、双系制を原則としながらも母系的要素が強い傾向にあった。

しかし、1980年代から2002年にかけてのドンデーン村の変遷の中で、このような傾向に変化が見られた。まず世帯主の夫もしくは妻の婚姻において、両者の村内婚が減少すると共に、村外の妻と結婚し、村内に留まる夫が増加している。また家族類型および、相続・扶養においても両親と息子が同居する家族、娘相続に比して息子相続の割合の増加が確認され、娘中心であった従来の相続よりも息子を加えた多様な選択を見るようになった。特に老後の同居相手として娘を希望する家族の減少が著しい。これらの傾向は今後さらに強まることが推測される。したがって、都市化の影響により生活水準が向上したドンデーン村において、家族関係は娘を中心とする特定の子どもに限定されるのではなく、むしろ息子も含んだ形で子ども全体に拡大しつつあると指摘できよう。今後は、上記における娘中心の相続の変化など家族変容をさらに詳細に考察することによって、ドンデーン村全体の変遷を明らかにしたい。
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(※1) ドンデーン村では1964年、1981年〜1983年、2002年〜2004年の計3度にわたって定着調査が実施されおり、筆者は2002年から調査に参加している。

藤田 智博(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程)

「旅」する視点は男性中心主義的か?

――ジェイムズ・クリフォードの「旅」概念の再検討――

報告要旨

90年代半ば、カルチュラル・スタディーズ(以下CS)において、「ロケーション」「スペイス」「ボーダー」といった、空間に関する概念を用いて、自己の社会的位置や日常的実践に埋め込まれた知の権力性を批判的に分析する「空間の政治学」が登場した。「空間」への関心の高まりは、CSのみならず、地理学や社会学といった既存のディシプリンにも、また、それらを横断する形でもうかがえるが、フェミニズムはあまり言及されてこなかった。しかし、「時間的」なものから「空間的」なものへ、フェミニズムの認識戦略がシフトしていることを指摘するフェミニストもいるように(たとえば、[Friedman 2001]参照)、「空間」というテーマはフェミニズムにおいても浮上している。 「空間」をめぐって、CSとフェミニズムはどのように「出会う」のか。それを検討するために、本報告では、「空間の政治学」を先導したジェイムズ・クリフォードの「旅」という概念に注目し、それへのベル ・フックス、ジャネット・ウルフ、カレン・カプランらフェミニストからの批判を再考した。 クリフォードの「旅」概念は、「空間性」への認識を高めることで、階級・人種・ジェンダーといった社会文化的ロケーションの「西洋」中心性を問い直す意義と、「越境」と「境界線の書き込み」という二つの観点から文化の純粋性という観念を批判する意義を併せ持つ(後者の点は[太田1998]参照)。しかし、フェミニストたちはこれまで、「旅」は、植民地主義的な領土拡張を想起させ(フックス)、ジェンダーの視点から状況づけられておらず(ウルフ)、美学的で非歴史的で男性中心的なモダニズムの痕跡がある(カプラン)というように、「旅」概念の男性中心性を批判してきた。だが、カプランらの議論を詳細に検討するならば、彼女が提唱する「トランスナショナル」なフェミニズムの実践には、CSの議論が発展的に受け継がれている可能性が指摘できる。カプランが自らのフェミニスト的実践を、「グローバル」や「ポスト・コロニアル」ではなく「トランスナショナル」という枠組みで提示しているのは、「西洋」中心性への異議、境界線の問い直しという、「旅」概念にもうかがえる論点を共有しているからである。換言すれば、CSの「空間の政治学」は、ジェンダーの視点から批判的・発展的に受け継がれる形で、新たな展開をみせたと言える。
<主な文献> Clifford, James, 1997, Routes, Harvard University Press. Friedman, Susan Stanford, 2001, "Locational Feminism: Gender, Cultural Geographies, and Geopolitical Literacy," In Dekoven, Marianne eds., Feminist Locations, Rutgers University Press, 13-36. Kaplan, Caren, 1994, "The Politics of Location as Transnational Feminist Practices," In Grewal, Inderpal and Kaplan, Caren,, eds., Scattered Hegemonies, University of Minnesota Press, 137-152. 太田好信, 1998,『トランスポジションの思想』世界思想社.

以上 3点

                                

選考委員はつぎの9名の理事です。

大野 道邦   宮本 孝二   神原 文子   芦田 徹郎   飯田 剛史 

落合 恵美子  片桐 新自  黒田 浩一郎   牟田 和恵  

                                   以上