過去の優秀報告賞の記録: [58回大会] [57回大会]

第59回関西社会学会大会奨励賞

2008年7月

関西社会学会大会奨励賞決定について

奨励賞選考委員会

委員長  谷 富夫

本学会は、2006年度より、学会大会において発表された若手会員の一般報告のなかで優秀な報告に対して学会賞を授与しております。また、今年度より、本賞設置の精神をより鮮明にあらわすために、賞の名称を「関西社会学会大会奨励賞」と改めました。
 松山大学で5月24日、25日に開催されました第59回大会の奨励賞選考につきましては、本賞の対象となる60点の一般報告を選考委員会において厳正かつ慎重に審議の結果、下記の5点の報告が「関西社会学会大会奨励賞」候補として選ばれ、理事会において最終決定いたしました。
 5名の報告者にはおのおの賞状ならびに賞金が授与されました。報告者氏名、報告題目、報告要旨は下記のとおりです。本賞の選考等に関しましては、選考委員をはじめ司会者ならびに会員のかたがたのご協力に御礼申し上げますとともに、本賞を契機として、若手会員の研究の進展と大会報告の活性化、ひいては社会学のいっそうの発展が可能になればと期待しております。

 

「第59回関西社会学会大会奨励賞」受賞報告

 (受賞者名50音順)

岡 京子(川崎医療短期大学)

高齢者施設の脱アサイラム化とケア労働 ─「VIPユニット」とよばれる現場から

報告要旨

【問題の所在と研究目的】介護保険施行後の高齢者施設ケアの現場には、市場化という効率優先と、高齢者の尊厳を支える「全人的介護」という二つの相反する流れがある。ユニットケアに代表される認知症ケアの小規模化は、「個別ケアを実現するための手段」と位置づけられているが、同時に施設経営者にとっては利益追求の場である。二つの相反する要求の狭間に立たされたケアワーカーの労働はどのような実態を持って営まれ、「全人的介護」はどのように実現されているのであろうか。また、市場化の中で施設入所者のアサイラム的状況はどのように金銭で購われ、市民的自由を手に入れているのであろうか。

【研究対象と分析の視点】本報告では、高所得者が入居し、職員から「VIPユニット」とよばれているユニットに着目し、フィールドワークとケアワーカーのインタビューから得られた事実に基づき、認知症高齢者の施設生活における市民的自由(脱アサイラム状況)とケアワーカーの労働について考察した。同ユニットに着目した理由は、高額な入居費用を支払うことにより、より大きな市民的自由が保障されているという側面があり、そのことを市場化の象徴と捉えたためである。

【結果と考察】認知症高齢者の生活に関しては、個室が用意されたことで家具の持ち込みやプライベート空間の確保ができるようになった。さらに、日課のスケジュールが緩やかになったことも脱アサイラム的変化である。ユニット内における高齢者とケアワーカーという少人数で織り成される関係をみると、身体的自立度が高くかつ認知症の軽い高齢者が他に比べて高い位置に存在した。彼らは施設経営者に直接苦情を訴えたり、高齢者同士結束したりすることでケアワーカーの地位を脅かすというような、ケアワーカーより上位に立つという側面があった。これは、かつての大規模処遇では見られなかった状況である。ユニット内で一人勤務をするケアワーカーにとって、高齢者との力関係の逆転は、ユニット統制の困難を生じさせるのみならず、ケアワーカーとしての自尊心を傷つけられる脅威である。様々なケア場面で一人ひとりに応じた気遣いをすること、また、高齢者の訴えに対応できず「無視」「聞き流す」といった対応をとった後には、必ず「ささやかな特別扱い」という形での関係修復のかかわりを持つこと等が行われ、トラブルの防止が図られていた。このように、市場化したケア現場においては高齢者自身の社会・経済的地位と自立度の高さによって施設内で保障される市民的自由や力が影響を受けており、それはケアワーカーとせめぎあう関係をも作り出し、ケアワーカーにとっては孤独な責任労働や身体労働のみならず、「気遣い」という側面での労働の強化が起こっていることが見出された。

 

多喜 弘文(同志社大学大学院)

階層・意識・学力の関連構造とその背景 ──PISA2003を用いた国際比較──

報告要旨

本報告では、学力についての大規模調査データを用いて、階層的不平等の一側面を論じる。国ごとの階層的不平等の程度の差を明らかにしようとするのではなく、比較社会学的な方法を用いることで、具体的な社会の枠組みとのかかわりで不平等の再生産メカニズムを考察することが目的である。

分析には、OECD2000年から3年ごとに実施しているPISA (Programme for International Student Assessment)2003年度調査のデータを用いる。この調査が対象とする母集団は、各国の教育機関に通う15歳(日本では高校1年生)の生徒である。使用する主要な変数は、学校類型、学力、出身階層、勉強へのさまざまな意識、勉強時間(3種類)である。

本報告が分析対象とする国は、日本・韓国・ドイツ・フランス・フィンランドの5カ国とする。日本と韓国は、受験競争が激しいことで知られている国である。ドイツとフランスは、西欧の国であり、階級的な社会であるというイメージがある。また、ドイツは10歳での学校選択、フランスは課程制による早期からの留年といった具合に、多くの人が同時期の選抜にさらされる日韓とは制度的に大きく異なっている。フィンランドは、社会保障が厚いとされている北欧に属する国であり、この国では16歳まで全生徒が総合学校に通うため、このデータで扱う生徒は制度上の選抜にはさらされていない。

分析の結果から、選抜がおこなわれていないフィンランドを除き、各国とも出身階層の高低と現在通っている学校類型の平均得点の高低が大きく関連していることがわかった。しかし、各国内における学校類型間の意識のありようは、選抜の時期や方法に対応した形で大きく異なっていた。早いうちから選抜がおこなわれるドイツでは、平均学力が低い学校類型にいるからといって、勉強へのモチベーションや競争意識といった「やる気」を失うというような結果にはなっていなかった。一方、日本や韓国では、学校類型間や学校間の学力的序列に対応した形で「やる気」が形成されていた。この違いには、ターナー(1960)の「庇護移動」と「競争移動」の違いが説明するようなメカニズムが働いていると考えられる。これらの間には、前者には機会の不平等が、後者には勝者と敗者の一元的な序列の形成が、というトレードオフの関係が存在する。また、フィンランドにはこの議論は当てはまらないが、そのことは教育の自律性の低さと関係しているということが示唆された。

[文献] Turner, R. H., 1960, “Sponsored and Contest Mobility and school system,” American Sociological Review, 25: 855-67.

 

田崎 俊之 (同志社大学大学院)

伏見酒造業における酒造技術者の実践コミュニティ

報告要旨

伝統的に日本酒の製造は杜氏や蔵人と呼ばれる季節労働者によって担われていた。一般に「杜氏制度」と呼ばれるこのような製造体制も、農業および漁業人口の減少や出稼ぎという労働形態が若年層に嫌厭されるようになったことで、その維持が困難になっている。このような社会環境の変化のなかで、伝統的な杜氏制度による酒造りから社員技術者による酒造りへの転換をはかる酒造業者が出てきた。本研究では、伏見酒造業の社員技術者へのインタビューを通して、酒造りの担い手が杜氏や蔵人と呼ばれる季節労働者から企業の社員技術者へ移行してもなお維持された技術や技能の伝承方法における“連続性”と“変化”について明らかにする。その際には、Lave and Wenger1991)の提唱した「実践コミュニティ(community of practice)」という概念を用いる。これは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」(Wenger 2002)をあらわしている。

杜氏や蔵人の出身地は特定地域に偏在しており、彼らは出身地ごとに「杜氏集団」を形成している。杜氏制度では、この杜氏集団への参加を通して酒造技術は習得される。新参者は、初めて酒造出稼ぎに参加したのち、いくつかの蔵を経て上位の役職へと昇格していく。杜氏制度のもとで彼らは、地縁や血縁にもとづく共同体的な職業団体への参加を通して酒造技術を習得していたといえる。対して、社員技術者らもまた、企業をこえた技術者間のつながりをもっている。勉強会や利き酒会を実施したり、あるいは、定期的な飲み会を開いたり、メーリングリストを使っての相談機会を設けたりといった相互交流が行なわれていた。彼らは企業横断型の実践コミュニティを形成し、それへの参加を通じた酒造技術の習得過程をもっている。季節労働から社員化へという転換は、酒造業者にとって酒造労働の内部化を意味する。しかし、企業をこえた枠組みでの技術の習得は、社員技術者らにおいてもみられ、この点が連続性として指摘できる。

同時に、このような企業横断型の実践コミュニティは、企業の利益とのバランスをとりながら形成・維持される必要がある。そのため、社員技術者の相互交流は、参加の度合いを高めるにしたがって、より個人的なつながりをもとにしたインフォーマルな形態がとられる。すなわち、メンバーシップの緩やかなコミュニティへの参加とそこから派生する技術者ネットワークへという交流の深化がみられるのである。杜氏制度における共同体的な職業団体とは異なった職業的結合―<フォーマル−インフォーマル>を個人単位で調整しながら結ばれる職業的結合―が社員技術者たちの特徴であり、杜氏制度からの転換に伴った変化である。

 

矢寺 顕行(神戸大学大学院)・浦野 充洋(神戸大学大学院)・宮本 琢也(神戸大学大学院)

電子市場に関する制度論的考察 ─NCネットワークにみる制度設計のあり方─

報告要旨

本報告では,電子市場を「新制度派経済学」と「新制度派組織論」の観点から考察した上で,中小企業の取引を仲介する電子市場の「NCネットワーク」について検討した。

今日,情報技術による取引コスト削減や取引機会の増加を目的とした電子市場の多くが閉鎖する一方で,NCネットワークという成功事例も存在する。この成否について議論する際の中心概念が,日本の製造業の実態に則した「制度」の設計である。それは,単に新制度派経済学に準拠した限定合理性を補う制度としての電子市場ではなく,また,新制度派組織論が仮定するような,効率性から切り離された正統性のもとで設計されたものでもない。

本報告では,日本の製造業の制度に根付いた電子市場の制度設計のあり方について検討を行なった。特に本報告で取り上げたNCネットワークは,登録企業は1万5千社を数え,大手自動車メーカーや大手家電メーカーも注目する,日本最大の中小企業の取引仲介サイトである。しかし,NCネットワークで提供されるサービスや制度も,制度設計者と登録企業の間での実践の中で変化してきたものである。本報告では,電子市場における制度設計者としてのNCネットワークと登録企業間の実践の過程をたどりながら,日本の製造業に根付いた電子市場のあり方について紹介した。

山本 奈生佛教大学

「監視社会」と空間のポリティクス ──京都市繁華街の事例をもとに──

報告要旨

近年、「安全で安心なまちづくり」を掲げる、地域防犯団体が急増している。この活動は一見すると、「体感治安」の低下に牽引された犯罪への抵抗運動であるようにみえるが、本発表では地域防犯団体の急増を心理的要因に還元することなく、多様なアクターからなる「空間の生産」として捉えることとした。

また、これまで多くの論者が「地域パトロール」や「監視カメラ」の設置を批判し、そこでの権力性(=法維持的暴力の発現)を注視してきたが、批判の多さとは裏腹にフィールドワークを踏まえた研究はほとんど成されてこなかった。したがってここでは、京都市繁華街における調査事例を念頭におきながら、慎重に今日の状況を分析することとした。主な論点は以下の通りである。

(1)「地域防犯団体」の急増は「犯罪不安」などの心理的要因に還元しうるものではなく、国土交通省や警察庁の推進するプロジェクトや、地方行政の利害といった、よりマクロな出来事との関係によっても把握されなければならない。ここではグローバルな次元とも関係をもつ「都市再生/観光戦略」の存在を指摘した。

(2)さらに、「地域パトロール」を進める地域住民もまた一枚岩ではありえず、それぞれの問題関心に支えられながら活動を行っている。例えば、旅館や割烹などの事業主と、若者向けの飲食店経営者は、それぞれ異なった空間の配置を志向していたといえる。すなわち、京都市の事例に限っていえば、「地域防犯活動」はマクロな次元での出来事とローカルな問題関心の合間において生じた「空間の生産」であったといえる。

(3)そのような「空間の生産」は、地方行政の担当官や、「観光戦略」を打ち出す外郭団体、さらに当該地区で生業を営む地域住民といった多様なアクターのせめぎあいによって成されている。ここでは犯罪を抑止するという当初の目的に、いくつものコミュニケーションが介在することによって、「犯罪抑止」と「あるべき街路」の造成が並列化されることとなった。

(4)したがって、今回の事例から読み取れることは、空間を整除し、「無秩序」を監視しようとする取り組みは、M, Foucaultの考える「権力」と不可分であるということである。なぜなら、何が犯罪を呼び込む「無秩序」であるのかを定めるコミュニケーションは、実のところ、何が「あるべき空間」であるのかを定める日常的な言明と密接な関係にあると考えられるからである。

以上の点を中心に、H, Lefebvreの空間論を解釈枠組みとして用いながら、公共圏と排除の問題について考察した。

以上 5点

選考委員はつぎの15名です

蘭 由岐子   今津孝次郎   小瀬木えりの   片桐 雅隆   高坂 健次

小林 久高   沢田善太郎   田中 滋      友枝 敏雄   中河 伸俊

原田 隆司   細辻 恵子    宮本 孝二     好井 裕明   善積 京子